パティシエ科技術専攻科1年 浅井さん
沖縄県出身
「プロと2人きりの、贅沢な自主練習」
お財布に優しい学校探し
伝票を片手に、じっとパソコンの前に座る。ああ、退屈。経理の仕事に就いて2年、私、こんなつまらない毎日を送るために、沖縄から上京したんだっけ?
そんなときは、楽しいことを考えよう!そうそう、昔からお菓子りが大好きなんだ。今日も帰ったら何か作ろうかな?チーズケーキ?シュークリーム? あれ?何で私は自分の好きな道に進まなかったんだろう?人生は、一度きりだ。まだ間に合う。そう、私は、パティシエになりたいんだった。双子の妹と一緒に、お店を開きたい、そんな夢があったんだ。
思い切って会社を辞めた私は、専門学校探しに奔走。各学校のウェブサイトを見比べ、私のような社会人にぴったりの学校を見つけた。
「学費が手頃だし、慶生会クリニックの内科や歯科が割引になって、練習で使う小麦粉や砂糖がタダなんだ。これは有難い。それに、他の学校は、1年半通わなければ製菓衛生師の受験資格が貰えない。けど、ここなら1年通うだけで得られる。ここにしよう!」
それが、ベルエポックだった。
気付かされた「プロ」という現実
毎日の授業は、18時から21時半まで。凝縮された内容の授業についていくのは、とても大変。とは言え、大好きなお菓子をプロのレシピで作れる実習の授業は、「楽しい」の一言。お喋りしながら和気あいあいとできるしね。でも。
「遅い!それじゃ生地がダメになる。もういいよ、私がやるから」
ケーキ屋でバイトを始めて数日、マイペースに仕込みをしていた私に、先輩が呆れ顔で言った。……悔しい。でもこれが、プロの現場なんだ。遊びじゃない。私たちは、お客様にお金を出してもらう立場なんだ。
一番大切なことに気付かされた私は、翌日から、以前より更に積極的に実習を受けるようになった。座学も真剣に受けるようになり、栄養学を始めとする、パティシエに大切な知識を身に付けようと心がけた。すると、趣味のお菓子作りでは考えてもいなかった、栄養やアレルギーなどについて意識するようになっていった。
さらに、実習室を解放している授業前と土日に、実習で1回習っただけでは分からなかったレシピを繰り返し練習した。実習中はなかなか聞けないことを、この時間ならそのつど先生に聞けるし、マンツーマンで教えてくれることもある。今まで出来なかったことが出来るのも、失敗の原因が分かり前に進めるのも、この時間と先生のお陰だ。
胸に突き刺さった先生の言葉
先生とも仲良くなり、気軽に話が出来るようになっていたある日。
ワンハートの仕込みのために、先生と2人で大きな銅鍋いっぱいのカスタードを煮ることになった。
「わー、私、これやってみたかったんだ。……キャッ!熱い!!」
思わず銅鍋から体を離した瞬間だった。
「逃げちゃダメ!」
いつもは優しい先生の顔つきが、変わっていた。厳しい口調に、鋭い目つき。
『あ、これ、“プロ”の顔だ』
その瞬間、”先生”ではなく、”現場の上司”の表情が垣間見えたのだ。
私はとてもすごい人に教わっているんだと、改めて感じた。
「上手くなったね、次もあなたに任せるわ」
最近では、そんな風にバイト先の先輩に言われるようになった。練習の成果を実感する瞬間だ。でも、まだまだ。少しでも“プロ”に近付くために、老若男女が美味しく食べられるお店を開くために、私は今日も、心から楽しんで実習室に向かっている。